2013-12-22
寺尾聡の「ルビーの指輪」は、当時放送していたTBSの歌番組ザベストテンで12週連続1位という記録を成し遂げ、1981年の年間チャート1位にもなった。
今でも伝説のように語られるヒットソングである。
しかし今の人達からみると、確かに良い歌であるけど、なぜそんなにロングランのヒットになったのか、わからない人もいるだろう。
「ルビーの指輪」の当時の印象を言うなら、やはり「衝撃」ということであろう。
「ルビーの指輪」のサウンドにおけるアレンジは「カッコイイ」ものだった。
この曲のアレンジは井上 鑑(いのうえ あきら)が担当している。
「ルビーの指輪」そして、それを含んだアルバム「REFLECTIONS」はレコード大賞の編曲賞も受賞した。
洋楽ではTOTOとかボストン等、もう既に日本に先駆けて、こうしたいわゆる当時で言うシンセサイザー等の電子系の楽器を多用したような華麗なアレンジは一般的ではあったが、当時の日本ではようやく先進的なミュージシャンが取り入れ始めたくらいの時代で、いわゆる一般大衆が関わるようなヒットシーンでは、まだまだ、特に「ルビーの指輪」のような都会的で大人びて洗練されたものは、あまりなかった。
それで「ルビーの指輪」を初めて耳にした時、その耳慣れぬ雰囲気に、まず「えっ?、何、この曲?!」となる。
その次に「これ誰が歌ってるの?」となった時に、「えっ?、寺尾聡?!!!」となる。
つまり、「ルビーの指輪」を聴いたときに、当時の多くの人々は、二重の驚きを体験したことになる。
寺尾聡は、元々グループサウンズでデビューしているので、その当時を知る人には、あまり驚きはなかったかもしれないが、僕らは、既に俳優として大成していた寺尾聡のイメージがあったので、「えっ?、あの寺尾聡の曲なの?!!!」ということになったのである。
その二重の衝撃がダイレクトにヒットチャートに反映したことは、歴史が語ってくれる。
洋楽では当時AOR(アダルトオリエンティドロック)ということで、洗練されたポップが流行り、僕も今でも好きな楽曲が沢山あるが、日本では寺尾聡が、その日本流AORの完成の一端を担ったと言っても過言ではないだろう。
いや、ただ今「REFLECTIONS」を聴いてみると、結構特異というか、今の音楽にも無い独自なサウンドだったかもしれない、という気もしてくるのである。
であるから、「REFLECTIONS」というアルバムは、あの1980年代初頭の時代の感じを色濃く反映したアルバムだった、という気もしてくる。
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