なぜ存在するのか知りたい2014年07月21日

最近、ふと、なぜ音楽があるのだろう?、と思う。

音楽のコードなどを少し勉強すると、音や和音には面白い法則があることがわかる。

この音のシステム、一体誰が作り出したのだろう?、と思う。

ドミソを一緒に鳴らすと、なぜ心地よく感じるのだろう?。

このシステム、一体誰が、何のために、作り出したのだろう?、と思う。

シュタイナーの本などを読むと、少しヒントめいたことが書いてあって、ちょっと答えの一旦が垣間見える。

それは音、音階が、星、太陽系の惑星に関係している、ということだ。

今の所、関係している、ということはわかった。しかし何のために誰が?、というところまではわからない。

音楽、というのは良く思い出してみると、人生にすごく深く関わっていることが良くわかる。
そんな音楽というシステムが、地球に偶然生まれた、とは考えにくい。

やはり何らかの意図があって存在するとしか考えられない。

美しい音楽を聴くたびに、その意図とは、我々を何か天界などのような、我々の暮らす世界よりも上位の世界に導いているのではないか?、とも思う。

陰と芸術2014年06月29日

東京は梅雨真っ只中である。
基本的に雨の日は、太陽の光を浴びられない為、何となく好きになれないという人も多いだろう。

僕自身も、あまり好きでは無いが、過去人生を振り返ってみると、雨が好きな時代もあった。

それは中学生時代で、理由は全く単純で、雨が降ると部活が休みになる、からだった。
部活は野球部で、元来運動が苦手な僕は、しょっちゅう雨を願っていた(笑)。

高校時代は、そうした部活の縛りは無くなったが、良く考えてみると、学校まで6km位の距離を、雨の日は合羽を着て自転車で通っていた。当時は何も考えていなかったからか、さほど苦になった記憶が無いのであるが、今は、もうそんな無茶できそうもない(笑)。

大学時代は新聞配達のバイトをしていたので、雨雪風は、もう大敵、勿論雨は再び僕の敵となった(笑)。

あの頃から現在まで、雨が苦手、というのを潜在的な感じで引きずっているような感じだ。

ところで、雨の歌には名曲が多いと言われている。
昔の洋楽などでも「雨にぬれても」「雨に微笑みを」とか、稀代の名曲が出てくる。

ここでふと「だからか・・・」とも思う。
つまり、雨が皆苦手だから、逆に一所懸命美化するに至って名曲が生まれてくるのかもな、ということだ。
雨が好ましいものであれば、これだけ歌にはならなかったかもしれない。

じゃあ太陽の歌で名曲は、となるとビートルズの「Here comes the sun」とか、チューブの「シーズンインザサン」とか、まあそこそこ出てくる。

ただ、上に挙げた2曲は、前者は「太陽がやっと出てきた」後者は「夏よ(太陽)いかないでくれ」と、どちらも太陽が無い状態を相対的潜在的なモチーフに使用している。
つまり、雨=陰あっての太陽=陽、という図式が見えてくる。

もしかしたら、陰の状態の方がそれを芸術化しやすいのではないか?、という結論に至るのである。
もう一つ、芸術の一つの役割として、陰を陽に転ずる、ということがあるのではないか?、という推測も出てくる。

南佳孝のライブ2014年05月18日

16日に南佳孝のLIVE、「Soloism」というのに行ってきた。
場所は渋谷の文化総合センター大和田伝承ホール。

ライブの内容は、他人の曲のカバーをメインにして、オリジナルを何曲かはさむ構成だった。

ギターとピアノのみの伴奏で、それを一人で交互に演奏する。
南佳孝氏はブラジル音楽にも造詣があって、アレンジにもその影響が伺えた。

僕が南佳孝氏を初めて聞いたのは、高校生の時に友人に勧められて聴いたのだが、その時の友人曰く「日本人には珍しく、日本の演歌の影響が少なく、西洋風で非常に洗練されてる」というようなことだった。

確かに当時日本ではフォークからニューミュージックの転換期で、当時メジャーだったフォークシンガーなどは、良くも悪くも、日本的なメロディアスな味が強く出ていて、演歌などの日本の伝統的音楽の流れが、やはり色濃くあることは感じられた。

であるから、南氏は日本のミュージシャンとしては、非常に早い時期から、洋風のクオリティーの高い音楽をやってきた一人ではないだろうか。

カバーは洋楽が多く、トップはビートルズの「すてきなダンス(アイム・ハピー・ジャスト・ダンス・ウィズ・ユー)」からビリージョエルの「素顔のままで」に続くなど、僕もほとんどわかる曲であったが、それだけに、60を過ぎても、こうして好きな曲を歌って行ける南佳孝氏に、うらやましさ、羨望の念がひしひしと湧いてきた。

この曲は、こうしてアレンジするんだ!、とかこういう切り口もあるんだ!、とか、この曲ライブでやると、こうなるんだ!、とか、いろんな発見もさせてくれた。

いろんな意味で、啓示的なライブだった。

音楽との出会いも縁2014年04月27日

もうかなり昔、自宅に有線放送を引いていた時期があった。
いつでもいろんな音楽が聴けて便利であったが、経済的な理由で辞めてしまった。

あの頃は新しいヒット曲も良く聴いていたし、世界の音楽にも目を向けたりして、なんか全ての音楽を知っているかのような錯覚をしていた(笑)。

今、日本のヒットチャートも全然わからないし、ましてや外国のチャートなどもわからない。
音楽のトピックでもわからないことが多いし、昔の曲でも聞いたことの無かったりする曲も多い。

音楽が嫌いになったわけでは全然無くて、今でも音楽は僕の生活の大きな部分を占めていることは確かである。
ただこの年になって、出会える音楽も、人と同じで、縁があってのことかな、と思うようになってきた。

実際のところ、世の中に出回っている音楽は膨大な量であって、勿論全て聴けるわけでは無い。
自分の時代では当然の定番だった曲も、時代が変わると、知らない人も増えてくるし、逆に、今定番と言われている曲も、自分は全く知らなかったりする。

昔から大好きだと公言しているアーティストでも最近発売したものを聴いていないと、もう話についていけなくなっている時もあったりする。

一生で出会い、自分に深く影響を与えてくれる人たちは限らているだろう。

音楽も、そうかもしれなくて、人よりも曲数は多いが、やはり世界の曲のごく一部と我々は出会うのだろう。

逆に考えると、この世にはまだ出会っていない良い曲が沢山ある、ということだ。
そうした曲に出会える楽しみが、まだ沢山残されている、ということだ。

パリのめぐり逢い、を聴く2014年03月02日

好きな映画音楽というのがいろいろとあるが、その中の一曲に「パリのめぐり逢い」というのがある。

お恥ずかしながら、実は映画本編は、まだ見たことが無い(笑)。
ただ音楽が有名で、その音楽だけは良く聴き慣れている見てない名画、というのは誰しも沢山あるだろう(笑)。

「男と女」「白い恋人たち」でも有名なフランシスレイの手になる作品である。

僕がこの曲を好きな理由は、この美しいメロディーと、コード進行によるところが大きい・・・、と今までは思っていたが、確かにそれもあるけれど、そうした音楽的な面だけでは無く、何かがこの曲に付け加わって感じられていることが、自分の感情を良く分析してみると、わかってくる。

それは、どうも「郷愁」のようだった。
それで、この郷愁のルーツを辿っていってみると、どうも中学生時代にあるような感じがしてきた。これは今では、ちょっと検証しにくいので確かなことは、わからない。

先程も述べたように、この映画は見たことが無いので、映画に対する思い出、というのは直接は無い。

ただ中学生時代、というだけでは、強い印象はつかないような気がする。
そこには、やはり、何か、が無くてはならない。

そこで、この「パリのめぐり逢い」が、中学時代の、午後の清掃の時間に、良くかかっていたのではないか?、という推測を立ててみた。

そうしたら、一つピンときたことがあった。

校舎と校舎をつなぐ廊下を掃除していると、そこをたまに良く通りかかっている、当時憧れていた女生徒の姿が、ふいにヴィジョンとして浮かんできた。
どうやら、これが、この曲を好きな理由だったようだ(笑)。

ルビーの指輪2013年12月22日

寺尾聡の「ルビーの指輪」は、当時放送していたTBSの歌番組ザベストテンで12週連続1位という記録を成し遂げ、1981年の年間チャート1位にもなった。
今でも伝説のように語られるヒットソングである。

しかし今の人達からみると、確かに良い歌であるけど、なぜそんなにロングランのヒットになったのか、わからない人もいるだろう。

「ルビーの指輪」の当時の印象を言うなら、やはり「衝撃」ということであろう。

「ルビーの指輪」のサウンドにおけるアレンジは「カッコイイ」ものだった。
この曲のアレンジは井上 鑑(いのうえ あきら)が担当している。
「ルビーの指輪」そして、それを含んだアルバム「REFLECTIONS」はレコード大賞の編曲賞も受賞した。

洋楽ではTOTOとかボストン等、もう既に日本に先駆けて、こうしたいわゆる当時で言うシンセサイザー等の電子系の楽器を多用したような華麗なアレンジは一般的ではあったが、当時の日本ではようやく先進的なミュージシャンが取り入れ始めたくらいの時代で、いわゆる一般大衆が関わるようなヒットシーンでは、まだまだ、特に「ルビーの指輪」のような都会的で大人びて洗練されたものは、あまりなかった。

それで「ルビーの指輪」を初めて耳にした時、その耳慣れぬ雰囲気に、まず「えっ?、何、この曲?!」となる。

その次に「これ誰が歌ってるの?」となった時に、「えっ?、寺尾聡?!!!」となる。

つまり、「ルビーの指輪」を聴いたときに、当時の多くの人々は、二重の驚きを体験したことになる。

寺尾聡は、元々グループサウンズでデビューしているので、その当時を知る人には、あまり驚きはなかったかもしれないが、僕らは、既に俳優として大成していた寺尾聡のイメージがあったので、「えっ?、あの寺尾聡の曲なの?!!!」ということになったのである。

その二重の衝撃がダイレクトにヒットチャートに反映したことは、歴史が語ってくれる。

洋楽では当時AOR(アダルトオリエンティドロック)ということで、洗練されたポップが流行り、僕も今でも好きな楽曲が沢山あるが、日本では寺尾聡が、その日本流AORの完成の一端を担ったと言っても過言ではないだろう。

いや、ただ今「REFLECTIONS」を聴いてみると、結構特異というか、今の音楽にも無い独自なサウンドだったかもしれない、という気もしてくるのである。

であるから、「REFLECTIONS」というアルバムは、あの1980年代初頭の時代の感じを色濃く反映したアルバムだった、という気もしてくる。

シナリオ気にしてちゃ2013年12月15日

2006年に寺尾聡が自らの往年の大ヒットアルバム「Reflections」をセルフカバーした「Re-Cool Reflections」というアルバムを出した。
曲の順番・雰囲気は変えず、アレンジをいくらか変えている。

最近このアルバムを良く聴いている。
中でも「出航 SASURAI」が、アコースティックなアレンジが施してあって、こっちの方がイイかもな、と思えるくらいの出来だ。

僕が浪人時代に、「Reflections」が大ヒットしたが、このアルバムは曲も粒ぞろいで、中でも「予期せぬ出来事」という曲が僕は当時好きだった。

カップルでパーティーに行った男が、他のカップルの女とパーティーを抜け出して恋に落ちていく、という話が、実に明るい曲調で歌われていく。

これ今思えば、体の良い浮気礼賛の歌というか、とんでもないチャラ男の歌である(笑)。

ただ僕自身当時はそんな意識は全然無くて、むしろこの曲の世界に憧れすら抱いていたもんだ(笑)。

この曲の作詞は、寺尾聡氏では無い。
大ヒットした「ルビーの指輪」は、あの松本隆であるが、この「Reflections」の楽曲の大半を作詞したのは、女性作詞家の有川 正沙子氏である。

つまり「予期せぬ出来事」も有川氏の作詞になる。

であるから、こんなことも想像してみた。

この「予期せぬ出来事」では、パーティーで視線があった男女が、そこでビビッときて、お互いのパートナーの目を盗んで抜け出してしまう、という展開であるが、実はこうした劇的アバンチュールを、女性が潜在的に望んでいるのではないか?。ということだ。

勿論有川氏に男性目線での作詞が発注されたわけだろうけれど、潜在願望が出ないとも限らないはずだ(笑)。

だからと言って、僕がパーティーに出て、他のカップルの女性を奪ってやろうと思っているわけでは無い(笑)。そもそもパーティーに一緒に行くパートナーも無ければ、パーティー自体すら無い(笑)。

まあ、ともあれ、この曲は今でも僕の好きな曲ということには、変わりない。
確かに全体的にはチャラい詩ではあるが、この曲には僕自身、昔も今も好きなフレーズがある。

それがサビに出てくる「シナリオ気にしてちゃ、恋はできない」というフレーズだ。

結構恋というものは人によってそれぞれで、マニュアル、というものがあまり通用しない、という気がする。
この曲の意味とは多少違うが、恋の偶発感個別感みたいなのが「シナリオ気にしてちゃ、恋はできない」というフレーズに、とても良く出ている、そんな気がする。

まあ、50過ぎの独身男の考えることでもないが(笑)。

驚異の71歳2013年12月01日

先日ポールマッカートニーの来日公演に行ってきた。

ポールは僕と20違うので今年71歳になる。
その71歳がドーム公演を行うというのだから驚異である。

コンサートはたっぷり3時間近くやった。
行われる演目はビートルズ時代からソロも含め、全て珠玉の名曲揃いだ。

ところが僕等に言わせると、ポールの作品でコンサートでは今回、やらなかった名曲は、まだまだ沢山ある。

このコンサートと同じクオリティで、全く違う曲で曲を被らずにあと2、3本別のコンサートは作れるだろう。
その今までポールが生み出した名曲の多さも驚異だ。

僕がビートルズ解散後の曲で好きな曲はいろいろあるが、例えばコンサートではやられなかった曲でいくと、昔は酷評されていたが最近は若いファンからも愛され名盤の評価を得ている「ラム」のラストを飾る「バックシートオブマイカー」などは名曲だ。
この曲は歌詞が卑猥さを感じさせるということで、昔は放送禁止だった、というのも、メジャー入りを外れた要因かもしれない。

あと僕がウイングスのアルバムでも好きな「レッドローズスピードウエイ」に収録されている「リトルラムドラゴンフライ」。このアルバム自体あまり評価が高くないが、僕は高評価だ。特にこの「リトルラムドラゴンフライ」のポールらしい曲想は長年聴いても色褪せない。

それからビートルズ解散後では最も評価の高いアルバム「バンドオンザラン」に収録されている「ブルーバード」。
このアルバムには他に名曲が多いので、つい陰に隠れがちだが、僕はビートルズ解散後のポールの曲では、この「ブルーバード」は五指に入る。

・・・とキリが無いので、もうやめるが、とにかくポールは将来モーツアルトやベートーベンと同じラインで語られる作曲家になることだろう。

行田駅の発車メロディ2013年10月27日

今高崎線を使用して通勤している。
先日帰りに、高崎線に乗って行田駅に着き、発車を待っていると、発車ベルが鳴った。

どうも耳に馴染みのある音楽が聞こえてきた。

なんの曲だったか思い出そうとして、しばらくこの発車メロディを頭の中で反芻している内に、すぐ正解が出てきた。そして、なぜ行田駅で、この曲なのかもわかった。

なんと行田駅では、今年の10月1日から、発車メロディにスターダストレビューの「夢伝説」という曲を使用し始めたのである。
ボーカルの根本要氏が埼玉は行田の出身ということは、ファンの間ではお馴染みのことであり、スターダストレビューも現在行田の観光大使を務めている、とのことだ。

発車メロディには、いろんな音楽があるが、こうした馴染みのあり好きな曲が使われる、というのは非常に良いことだ。

「夢伝説」という曲は今でもCMに使われたりして、スターダストレビューの中では一番メジャーな曲と言っていいだろう。
詩は輪廻転生を超えて出会う恋人同士か何かを描いてるようだ。そしてなんといってもその親しみやすいメロディーが、すぐに心に入り込んでくる。
もうリリースしてから30年近く経っていると思うが、全く色褪せない名曲だと思う。

スターダストレビューは他にも「今夜だけきっと」とか「涙のエピローグ」とか良い曲が一杯ある。もっと評価されて良いバンドだと思う。

リラックスに聴く曲「Misty」2013年09月22日

リラックスする為に良く聴く曲の一つに「Misty」がある。
これはジャズピアニストのエロル・ガーナーが作曲した曲で、僕は同じジャズピアニストのKenny Drewがカバーした「By Request」というアルバムに入っているやつが好きだ。

この曲が始まると、どういうわけか、「金曜の夜」「土曜の夜」のイメージが、ふっと湧いてくる。湧いてくる、というか入ってくるような感じだ。
「金曜の夜」「土曜の夜」と言っても、盛り場のイメージでは無くて、静かで穏やかな「明日の休みを家で待つ」ような、わくわくとした心持の夜のイメージだ。

最初Ebで始まると、すぐBbmからDb9wo経てAbmaj7に行くコード進行が好きだ。
このBbmのところで、イメージが入り込んでくる。

つまり僕の脳の中では、Eb→Bbmと「金曜の夜」「土曜の夜」がリンクされていることになる。

実はこのコード進行は、他にも良く出てくるやつで、例えばMishaのファーストに入っている「キスして抱きしめて」などでも、キーはCだが「キスして抱きしめて、愛してるって言ってー」の最後の「てー」の所に使われているのが、」この進行だ。

この進行が入ってくると、ちょっとハッとするが、その後の転調を心地よく予感させる。
「心地よい変革」とでもいう感じだ。
料理で言えば「スパイス」ということになるだろう。

Kenny Drew「Misty」は、ことあるごとに聴く。
「Misty」の美しいメロディと、そして、ちょっとした「心地よい変革」、すなわち「何か良いこと」を期待しながら聴く。